ゴールドランド年代記

前にフランツがゴールドランド軍を動員して、シルバーランドへ攻め込むあたりをかってに補完したことがあるけど、それをとある物語をぱくって物語り調にしてみたよ。

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シルバーランドへと出征するゴールドランド軍は10万。エリザベス公国軍2万、ジュマペール公国軍3万、残余はゴールドランドのフランツ王子の直属軍である。


出陣の日について、年代記は記述する。


「王子フランツは、驍勇英武にして大軍を統べるの才に富む。その左右にはエリザベス公国国公と、ジュマペール公国次期国公がひかえ、王子の両翼となりてシルバーランドを討伐の途に登るなり。王国の武威、この日ほど輝けるはなし・・・」


ゴールドランドには、半独立した選帝公が治める公国が3つ存在し、ゴールドランドの王位につくには、過半数の選帝公の支持を必要とする。また、選帝公が公位につく場合にはゴールドランド国王の承認が必要である。これがゴールドランドにおける王と選帝公の関係である。


エイザベス公国は、ゴールドランドの東に位置し、現在の国公はトルテュ。まだ若いが力量ある男である。戦場においては、騎兵の用兵に長け、速攻、戦場を迂回しての側背に対する奇襲攻撃を得意とする勇将である。ジュマペール公国はゴールドランドの西に位置し、現在の国公はチャン。今回は、チャンの息子であり時期国公となるヌーヴォーが公国軍を指揮する。フランツから、厚い信頼を受ける男で、思慮も深く、指導力もある。


今ひとつは、ゴールドランドの北に位置するオジャマール公国。寒冷な土地だが、じゃがいもを産し人口は多い。国公はアジュール。戦場で勇を競うよりも、文治に力をいれ、農業振興、学問奨励に力を入れている。膨大な食糧備蓄により、ほぼゴールドランド軍に匹敵する5万の動因能力を持つといわれるが、今回はゴールドランドの国境守備を任されている。


年代記の記述は、しばしば華麗な文飾におちいって、事実の冷厳な描写に欠ける。だが、ゴールドランドの王国旗の左右に2本の公国旗がしたがい、南進を開始する様は、たしかに壮麗であった。


急報はシルバーランドの国土を横断して王宮に飛び込んだ。目に見えぬ怪鳥の影が王宮内を覆い、はばたきの音が人々の不安を駆り立てた。会議場では、貴族や廷臣たちが声の大きさを競いあうことになった。この場をまとめるべき、国王、そして国王の父として発言力をもつジェラルミン大公の姿はなかった。
「北からはゴールドランド軍10万。すでにして、敵軍の数はシルバーランド全軍を凌駕するぞ」
「同数でさえ、フランツには勝てぬかも知れぬのに、勇猛な2公国の軍まで加わるとは」
「だから積極的に和平を講ずるべきだったのだ。すべてを失うより、一部を失うにとどめるのが政事というものではないか」
これは意見としては正しいが、誰一人実行したものはいない。「焦土の正論」であった。


とにかく、ことここにいたればシルバーランド軍も動かざるを得ない。ようやく、議論は実戦における用兵を検討する段階に入った。ゴールドランド軍を分断して各個撃破するか。それなら短期決戦となる。ゴールドランド軍を、シルバーランドの国土深く進攻させ、補給線を絶って苦しませるというのなら、持久戦の計画をねらねばならない。そもそも、フランツが牢を抜け出して、ゴールドランド王から詰問状が届けられ、実際に兵が動かされるまで、約40日が経過しているのだ。その間、シルバーランドは、まったく何をしていたのか。


会議の流れは、急ぎ軍を編成してゴールドランド軍に急進攻勢をかけ、地の利を生かして一勝した後、和を講じるーその方向へ傾いた。会議に参加したナイロンは、内心でゴールドランド相手に和がなるとは思っていない。第一、「一戦して一勝する」こと自体、いまのシルバーランドでは困難をきわめることである。


ドンキー河畔のゴールドランドの騎士たちは、左手で乗馬の手綱を引き、右手の剣を水平に構えた。太陽が、雲の天井にあいたいくつかの穴から、淡い金色色の巨槍を地上へ投げ落とし、騎士たちの甲冑や刀槍に反射して、収穫直前の麦畑のような光彩を地上に広げた。戦士たちは、たしかに収穫にのぞもうとしていた。ただし、刈り取るのは麦の穂ではなくシルバーランドの兵士であった。


ゴールドランド軍は、陣営を左右両翼と中央部隊にわけ、さらに後方に騎兵のみの予備兵力を置いている。左翼部隊は3万、ヌーヴォーが指揮し、右翼2万を指揮下の武将イッテツにゆだね、フランツ自ら率いる中央部隊は3万。トルテュの予備隊は騎兵のみ2万であった。ほぼ、常識的な配置といえる。この正面決戦において、フランツは奇をてらわなかった。


ドンキー河には支流や分流が多く、それらが段丘や砂州を縦横に切り刻んでいる。遠方から見れば平坦な平野に思えるが、意外に地形は変化に富み、武装した兵士の集団を迅速に移動させることは難しい。大軍を揃えても、その兵力を額面どおりに運用するのは容易ではなかった。


段丘の西側にある低地では、ジュマペール公国の軍の前面に展開したシルバーランド軍が後退しはじめた。かなりの速度で、陣形を変容させ、戦列は密から疎へと転じて、ほどなくジュマペール公国軍の前方には、かなり広大な前進可能圏が出現した。ヌーヴォーは、眉をしかめて前方を見はるかし、右腕を水平に振った。全軍停止の合図である。
「なぜ前進なさらぬのです。わが軍の武勇を天下に示す好機でござるに」
そう叫んだのは、ジュマペール公国の有力な部将の一人、ピン・チャポーという騎士である。公国の一州を預かり、大過なく文武両面の任を果たす彼の言葉を、今回だけは無視し、断固として全軍の前進を止めさせた。


右翼部隊を担うゴールドランド軍でも、主将のイッテツが両目を光らせていた。不安めいた予感に駆られて、幕僚の一人に問いかけた。
「もろくはないか、やつら」
「今のシルバーランドは戦意も高くはないと思いますが・・、それにしてももろすぎますな」
「追撃をひかえさせよう。ひとまず集結して陣を再編する」
だが、その判断は遅かった。


皮膚にざわつくような感覚が走り、それが心臓に直結して、胸苦しさを憶えた。大気が敵意に満ちた。黒い細い煙が、勢いよく天頂へむけて走り、シルバーランド軍が逆襲に転じた。これまで潜んで合図をまっていたシルバーランド兵が、刀槍をきらめかせていっせいに群がりだした。砂嵐のような音を立て、矢の雨が降り注ぐ、人馬の悲鳴がそれに呼応し、ゴールドランド軍は数瞬の間に千単位の兵力を失った。それが左方向からであったため、右へ回避しようとしたが、低地であるはずの場所がいつの間にか湖水になっていて水際に追い詰められてしまった。矢におわれ、水に飛び込み、ゴールドランド軍右翼は崩れたった。抵抗を叫ぶイッテツ自身、後退をかさねる味方の兵に巻き込まれ、あっという間に2キロも後退してしまった。


シルバーランドの作戦は功を奏した。彼らを弱兵とみなしていたゴールドランド軍はおもわぬ反撃に即応できず、押し戻された。というより、つき返された。右翼部隊が、潰走寸前の後退をかさね、そこにシルバーランド軍がはいりこんで、ゴールドランド軍の戦線の統一性を奪ったのである。


本営にその報がもたらされるが、フランツはいささかもあわてない。若いが百戦錬磨の彼である。
「そうか、河をせき止めて水を低地に流し込んだか。シルバーランド軍め、なかなか楽しませてくれるではないか」
フランツは一笑した。両目に覇気がたぎっている。征服者としての覇気というより、闘将としての覇気であった。
「だが、所詮は一時の延命にすぎぬ。トルテュに命じて、エリザベス公国軍を急進させよ。敵軍の左側面をつくのだ」


「なかなか巧妙なわなだ。だが惜しいことに、シルバーランドは兵を均等に配置しすぎだ。要所を選んで、そこに兵力を集中すべきだった。敵には全軍を指揮する総大将が不在なのではないか」
紅潮したほほに透明な汗の宝石をしたたらせて、ヌーヴォーは指摘した。よほど敵を上回る大兵力を擁しているのでないかぎり、完全包囲をもくろむの危険である。巧緻を極める戦術としては、包囲されたかのような錯覚に敵を陥れるという方法もある。だが、それには地理と天候をよほど有利に活用せねばならない。


「では、突破いたしますか」
ピン・チャポーに問われてヌーヴォーは小首をかしげた
「いや、いまはわが軍のみ突出しても無意味だ。エリザベス公国の主将は、私のみるところ、そう愚かでもないゆえ、わが軍と連動することをねらっていよう。しばらくは陣をかためることに専念せよ」


戦況が変転を重ねつつあるとき、半ば孤立状態にあったジュマペール公国軍のもとへ援軍が駆けつけた。陣頭にひるがえる旗は、オレンジの布地に金色の亀を描いたものであった。ゴールドランドの将兵であれば、見誤るはずもない。
「エリザベス公国軍だ!」
待つまでもなく、エリザベス公国軍の主将が馬を躍らせてきた。
「ヌーヴォーどの、あなたのご武運をわけていただきたく参上つかまつった」
「私の武運は、私のものだ。トルテュどのはご自分の武運で戦われるがよろしかろう。
だが、勝利の杯は分かち合おう。」


勝敗は決した。戦意の高くないシルバーランド軍は、劣勢にたつともろかった。必死の戦法が破られ、再反撃の策もなく守勢に追い込まれると気力が続かない。「もはや勝算なし」あきらめて、浮き足立ってしまう。五歩下がり、十歩下がり、やがてゆるやかな流れは急流と化した。武器を捨て、甲冑を脱ぎ、シルバーランド軍は全面的な潰走にうつった。


戦場での敗報が届くと、城の守備兵も逃げ出した。シルバーランド城は、ほぼ無血でフランツの手に落ちた。フランツに対する、シルバーランドの人心は悪いほうへは向かわなかった。略奪がないことが最大の理由であった。


略奪や暴行、破壊を厳しくいましめることは、結局、征服者の利益になるのである。征服地の人心を安定させる、というだけではない。荒らされ、焼かれた畑は作物をはぐくまない。殺された家畜は子を産まない。破壊された用水路は、農地や牧場に水を運ぶことはない。破壊をつつしみ、土地の生産力と住民の勤労意欲を維持させれば、経済力は損なわれず、したがって租税を徴収しやすくなるという道理である。善政によって利益を得るのは、最終的には統治者であり、賢明な統治者はその道理をよく心得ている。


「一夏に一国を征す。英武の誉比類なし。列王、大地に膝つきて、フランツの鴻業におそれおののきたりしとぞ・・」
年代記はそう筆を躍らせる。

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単に戦記として書きたかっただけなので、ミュージカルの主題と違うということには目をつぶってw


ちなみにぱくった作品はこれ

マヴァール年代記(全) (創元推理文庫)

マヴァール年代記(全) (創元推理文庫)